「書き出し」で読者の想像力や興味をそそることができなければ、読まれない小説となる。それがどんな高い評価をうけても。

文学作品がこの世でいちばんニュースになる機会は芥川賞だと思う。
と、書くと、「誰かの小説の書き出し? 」 と考える人もいるはず。

そうです、そう思ったあなたは文学に精通している方です。

この文章、吉本ばななの「キッチン」
の書き出しをデフォルメしたものです。

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。
どこのでも、どんなのでも、それが台所であれば食事を作る場所であれば私はつらくない。
できれば機能的でよく使い込んであるといいと思う。
引用元 :吉本ばななの「キッチン」書き出し

「キッチン」は書き出しの心理描写を、独特な表現でかまし、
短い情景描写 → そのときより過去の描写
に視点を移動し物語が進んでいく。

読者の想像力が喚起され、この小説はどんなふうに進んでいくのか? と推測するようになる。
ここまで持ち込めればしめたものだ。

読者の「次に何が来るのか?」という興味と、
〝台所〟が中心になって、その後も語られているということによって、
ちゃんと緻密に設計された文学作品であると読者は直感する。

そして、この文章のレベルで、「書き出し」が「結び」の文章につながれば、一流の文学作品である
証となる。少なくとも、読者という存在を 意識して設計がされた文学作品・小説だと
読み手は認識するのだ。

小説、なかでも文学作品の「書き出し」はこのように重要な意味をもつ。
さて、このページの最初に戻って芥川賞の話をすると、受賞作で
この かまし を意識した「書き出し」で始め、「結び」まで
よどみなく つなげて書かかれた作品は少ない。

それでいて、これとは正反対の作品が選評者に絶賛されていたりする。
文学に答えなどないのだが、選評者の個人的な好みや趣向にもとづいて選評が行われるとき
その意識の片隅には「読者」というものは存在しない。
だから、結果として 芥川賞受賞というネームバリュー で売れるしかない 文学作品が
多く世に出る。

芥川賞の選評で「売れる」「売れない」という言葉はまるでタブーのように
避けられ、文学性や芸術性という括りでのみ評価されることになる。
芥川賞で、受賞作という括り 以外でも、売れて欲しいと出版社の経営者は思うのに、
現実は商業主義を避けて通ることになる。

その結果として、芥川賞を目指す新人、新人候補の作品は
芥川賞や公募新人文学賞の傾向と対策にこだわるあまり、
読者の存在を軽視した売れない文学作品・小説を作るのだ。

だから、文学、おまえはすでに死んでいる(北斗の拳より引用)
んだね。

* 実際の創作手順は、↓ ここで読んでいただきたい。
文学作品・小説の書き方講座1-5、構成と創造力。安部公房「燃えつきた地図」を例に実務的に

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