カフカの「変身」は章ごとに分けて分析する必要もないくらいわかりやすい構造でできている文学作品です。
文庫本だと5ページから97ページまでの中編小説で3章に分かれています。

ほとんどが過去形で書かれていて、場所は主人公グレゴール・ザムザの自宅。

物語の内容は

ある朝、グレゴール・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、
自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した。彼は鎧のように堅い背を下にして、・・・
引用 カフカの「変身」

と、最初にすべて説明してしまっています。
最初からすべてを説明している小説が面白くなるわけはないのです。
それなのに、この小説は読者の興味をそそります。

どうしてか?

それは、主人公グレゴール・ザムザが巨大な虫になって、しかも自分が虫であると
意識しながらも、服を着て仕事に行こうとするということからもわかるように、
虫としてなにごともなかったように生きようとするからです。
これらのことから、虫は何かを象徴しているのじゃないか?
とか、生きづらさの問題をとりあげているなどと、
説明するのは後の評論家の言うことで、もちろんカフカはそんなこと深くは考えていないはずです。

カフカの「変身」
三人称で語られる小説でありながら、告白であり、主人公は自分の目に入るものしか語りません。
これがカフカの特異性をかもしだした文章に反映されます。

エンタメ系の小説家なら、この題材で筆を進めれば、虫から人間に戻る方法を必死に探すなどの展開にするでしょうが、
あいにく カフカの「変身」は、純文学小説なのです。

カフカのような作品の構成で書き上げる作家は極めて少ないです。
おそらく、純文学作家の想像力や作品作りとは相容れないものがあるのでしょう。

第一次世界大戦に至るヨーロッパの閉塞的な状況とかでこの作品を説明することや、
虫の象徴としての意味を考えるのは評論家や学者の言うことですし、どっちみち答えがないのでどうでもいいとして、
この小説が多くの読者を魅力するのは、主人公が読者の想像力を超える反応をしている物語として作られており、グレゴール・ザムザは家族から働き手として期待されていたのに、結末は、彼が家族、世界に見捨てられる物語として完結するからです。
カフカ自身はそうは考えていないようですが、この結末により物語は不条理な文学として
完結するのです。

さて、このカフカの「変身」
をヒントにして名作を書くとすれば、どのようなストーリーが考えられるでしょうか?

推理小説風純文学で物語を作ると考えてみましょう。
私ならこんな作品にします。

殺人事件の犯人でない主人公が、犯人になりたくてしょうがなくて
犯人として自主をする。
捜査の過程で主人公が犯人であるらしい証拠が苦労してでっちあげられ
やがて主人公の望み通りに実刑判決がでて刑が確定してから、何か主人公の望みを覆す
事件が起こる。たとえば真犯人の登場とか。
ただ、このストーリーだけでは純文学にはなりえません。
最終的に個人に帰するものがないからです。
もっと言えば、物語をとうしての主人公のプラスでもマイナスでもいいので
成長がないからです。

この物語が、これだけで終わるとすれば
小説 熱海殺人事件
のようなエンタメ系小説になるでしょう。

純文学としてこの物語を完結させるためには
例えば、犯人が控訴しないことによって死刑が確定した後に
真犯人が現れたが、すでに刑が確定しているので、
世界が冤罪と理解している状況下で死刑が執行される
という結末にすることで不条理を描く文学作品ができてしまうのです。

こんなふうに、物語にテーマを与え、人間が描かれればこれは立派な純文学になるのです。