1951年上期に 「壁 - S・カルマ氏の犯罪」
で芥川賞を受賞した安部公房は、生涯にわたり前衛的な作品を多く書きました。
なかでも、「燃えつきた地図」は、
その構成、発想が極めて優れているものです。

それでは、この前衛的な小説が具体的にどのように作られたか?
さらには、文学作品というものがどのように作られるのか?
について 中編以上を対象に あくまでも実務的に見ていきます。

さいわいなことに「笑う月」
の「発想の種子」という章に、この作品の創作過程が述べられています。

まず、「発想の種子」には
執筆にあたり綴られたノートに書き留められた断片が登場します。
単なるメモとも言っていいその断片ですが、
前衛的な小説のストーリーほど、始めは、おそらく奇妙な光景や文章を見て、
それをノートに書き留めるといった単純なことから始まります。

前衛的な小説ほど、ノートに書いてプロットをまとめないと
まとまらず、完成度がおちるのです。

よけいなことですが、カフカの「変身」もおそらくは、自分が虫になった夢を書き留めたことなどから
思いついたのかもしれません。

安部公房は、始め、テーマについては漠然としてしか考えていないようです。
ノートに書き留めたことについて考えるうちにそれが一つになります。起承転結が
各章の内容や時制、登場人物から決められていきます。

「燃えつきた地図」
のストーリーは、失踪した男を調査する探偵が、調査するうちに
確かなものを失っていくというものです。
調べれば調べるほど解決できなくなり、自分自身も失っていくというものです。

ネタばれ にならないように書くと、
メビウスの輪のように、最初の場面の描写が、 結末の描写 につながっていきます。
それは、作者が意識的にそう書こうとした結果です。

この作品は純文学を推理小説(探偵小説)風に書いたものですが、この書き方も
ノートを見ながらこれが一番効果的だと考えた結論のはずです。
推理小説らしく伏線がいくつも張り巡らされています。
圧巻は、最後のほうで 車にひかれて死んでいる猫に名前をつけようというところです。
この部分はこの作品に強い意味を与えます。

物語は時間通りに進むわけでなく、効果を読者に感じさせるためにはどうしたらいいかを
章ごとの内容を見てジグソーパズルのように組み立てていきます。
作家はページ数を多めに書くことが常なので、全体を推敲した後
ばっさりと無駄な文章を切っていきます。

現在形で描くか、過去形かは作家の執筆時の感覚で、その場で決められます。

前衛的な作品であればあるほど、描写はリアリズムに徹して書くことが必要になります。
そのため、作品で文体が硬質だと
理解されず、売れない文学作品ができあがります。

硬質な文章とは、改行の少ないページが文字でびっしりと埋まった文で
表現に重きをおいた文章です。

どんな文章か? つて言われそうなので例文を書いておきます。

硬質な文章の例(あくまで作文です)
鼻腔の奥からあふれでる感覚は、体中をきわだった嫌悪感で満たした。あらゆる意識が
それに集中していった。埃臭い船室の隅でおれは・・・

もっとも、こんな文章を読まされたら、むしず が 走るでしょうけれど。