池澤夏樹「スティル・ライフ」 は1987年下期芥川賞受賞作で103枚の短編です。

この文学作品の内容は、簡単に書くと、ぼくと佐々井という登場人物で物語が進行し、
染色工場でアルバイトをしているぼくが佐々井の誘いで、2人して
いっしょに株式投資のタスクに従事するというもので、
それで稼いで目標を達成したことで佐々井は去っていくというストーリーです。

これを章ごとに「時制・場所」「登場人物」「内容」
などでまとめたものの最初の部分がこれです。

このようにWORDなどで、
章ごとにどのように小説が作られているかを分析して、俯瞰してみます。
そうすると、
この作品は一人称で書かれた告白文で、
物語がたんたんと、ほぼ時系列で進んでいくことがわかると思います。
それでも、この作品が面白く読めるのは、詩的で透明感のあるきわめて完成度の高い文章で進行し
ていくこと。
なぜ佐々井は突然、株式投資をして、目標額を儲けたらやめたのか?
という疑問で、読者の「読む気持ち」をひっぱっていくからだと感じます。

WORDなどで章ごとに内容がまとめられたものと、そここら生まれた分析で、池澤夏樹氏が
この作品のプロットをどのように作り
作品としてまとめたかも推測ができます。

推測してみましょう。
池澤夏樹氏がまず最初に考えたことは、”染色工場でのアルバイト”
”横領のつぐない” この2つだと推測できます。

これをもとにストーリーを作るとすれば、主人公・ぼくが
その当事者であっては、すぐれた作品は作れないと思うはずです。
もし、ぼくがその当事者であればもっと生々しい物語になり、しかも最初から
主人公がすべてを知っているために謎が生まれません。そして、なにより
池澤氏の詩的で抑えのきいた文章とは相容れなくなるからです。

そこで、佐々井を登場させます。
当然、佐々井の素性をぼくが知っていたのでは物語に謎がなくなってしまうので、
つまらなくなるため、出会いはお互いの素性がわからないアルバイトなどになります。
アルバイトといってもコンビニや、ファーストフード店でのアルバイトではだめで、
詩的な場所、染色工場が選ばれます。
あくまでイメージの世界の話ですが、さまざまな色や光が交錯する染色工場を起点にしたことで
最初のほうの文章

この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
・・・・星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。
・・・・
「チェレンコフ光。宇宙から降ってくる・・・」
引用 池澤夏樹「スティル・ライフ」

とつながっていきます。
そう考えると、選考委員の開高健が批判した冒頭部分が無駄だという論評は
的を得ていないと理解できるはずです。

池澤夏樹がもっとも重視したものは、詩的な文章であり、
それゆえに現実ではありえないような会話が繰り広げられても、
読者は(文学作品としての)違和感を感じません。

あたりまえですが、こんな会話を近くで聞いたことがありません。
少なくとも現実世界では。

「星か」
「そう、なるべく遠くのことを考える。星が一番遠い」
引用 池澤夏樹「スティル・ライフ」

と、
ここまで書いて何が言いたいのか?
と皆さん、思われるでしょう。

優秀な文学作品を章ごとに分析して
その作品がどのように作られてきたかを推測することで
そのレベルに近い文学作品が書けるようになるのです。

工学の世界で言うと
リバースエンジニアリングです。
そうです。文学作品のリバースエンジニアリングは可能なのです。